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2013.03.10 (Sun)

もう二年、まだ二年

こんばんは、春緒です。
昼間はとても暑かったのに、夜になって冷え込んできました。
皆様も風邪などひかれませんよう、ご自愛くださいませ。

本日も、たくさんの皆様のご訪問、それから拍手をありがとうございました。
おかげさまで、たくさんの励みをいただいています。
生きる糧! と言っても過言ではありません。
元気をありがとうございます~。
これからも、お楽しみいただけるように精進いたしますのでよろしくお願いいたします。

今日もありがとうございました。
皆様のまたのご訪問を、心よりお待ちしております。

【More・・・】

明日で、震災から二年ですね。
今日はいろいろな特番があって、しみじみ見入ってしまいました。

それなりに立ち直りつつある方、まだまだ住まいも定まらない方、元のように住めるところ、そうではないところ。
様々、だけど共通しているのは、たぶんまだまだなところなのかなと思いました。
一時も早い、復興を。
ずっと願いつつ、何かしらできることは、と模索しております。

宮古で泊ったホテル、石巻で泊った民宿、……今はどうなってしまったのかな。
また訪れたいです。

何となくどこの番組でも避けているのか、あまり福島の様子が見受けられず残念です。
とはいえ、ずっとテレビに張り付いていたわけではないので、もしかしたら取り上げてはいたのでしょうか?


ずっと好きで見ていた鉄腕/DASHでも、震災関係のことは何もせず、過去のものをリサイクルしていましたし、次回のスペシャルはどうもそういう関連の話ではなくなっていて……。
いろいろあったのに、思い出すのをやめてしまうのかしら、とちょっと悲しくなりました。
来月ぐらいになにかあるんでしょうかね。
今日明日あたりは、他局でも、いろいろ特集があるから、忘れられた頃にまたやっていただけたら、記憶から消えなくて良いような気もしますしね。


現在、サイトのtopの画像が、梅の花と千葉の大多喜城になっております。
撮影したのは、2011年3月11日でした。
麗らかな、春。
そんな気候でしたね。

あの日。
アクアライン経由で千葉に旅に出ていて、震災があるまで、のんびり観光しておりました。
イチゴ狩りでできるだけたくさん食べるために、ランチを抜いたのを覚えています。
14:30ごろに海辺のホテルに到着して、チェックインはまだだというので、のこのこと磯に遊びに行きました。
そこで、地震。
外で遊んでいるときって、あまり揺れを感じない気がするのですが、さすがにあのときは「ぐらっ」と感じました。
……夫は、全然感じなかったらしいです。未だに、いつ揺れたのか知らないと言っています。
それで急いで海から上がって、「え~、揺れたの~~?」とのんきなことを言っていた夫の手を引いて、津波警報が鳴り出したのを聞きながら、ホテルに戻りました。幸い、ホテルは駐車場も含めてかなりの高台でした。
「揺れましたね~」
なんて、チェックインのときは、まだまだ暢気でしたね~。

とにかく津波警報がずっと鳴り続けていたので、外を観光するのはもう無理だと断念。
ホテルから海を眺めたりしておりました。
遊んでいた磯が、完全に水没したのを見て、「津波だな」というのは、わかりました。

テレビのニュースで、お台場の湾岸線が液状化の被害に遭っていたり、アクアラインが使えなくなっていたり、内房のコンビナートで火災が発生したりしているのを知りました。
それから、会社から安否確認の電話が来て、オフィスのパーティションが倒れて大変なことになったと聞きました。


東日本、と冠された震災ですね。
確かに東日本全域、なにかしらの被害や驚くような出来事がいくつもあった日々でしたね。
あのときは、何となく「ああそうか、今日はそうなんだ」なんて感じで、日々を過ごしていましたが、思い出すと、やはり普通ではなかったなと、思います。

被害らしい被害のない私の住まいの地域でさえそうでしたから。

本当に、大きな被害のあったところにお住まいの場合には、未だに普通とは言い切れない暮らしが続いているのだと思います。
全てが、以前の通りになるなんて、まだまだ遠いかと、思われます。

もう二年、ですが、規模を考えれば、まだまだ二年。
復興にしても支援にしても、まだまだ本当にこれからなのだと思います。

直接、被災された地域に行ってなにかをするというアイデアが浮かんで来ないのが申し訳ないのですが、これからも、自分の生きる範囲で、できることを、続けていきたいと思います。
きっと、これから死ぬまでの数十年の間、それを考え続けなければならないくらいのスパンで、考えていくべきことなのだと思います。


犠牲になられた皆様へ、謹んで、哀悼の意を表します。
ご遺族の皆様、お悔やみ申し上げます。
寂しいことと思いますが、どうぞ、強く、生きていてくださるよう願っております。

何も解らぬながら、これからもさせていただけることを考えつつ、一緒に、頑張らせていただけたら、と思っております。

これから先もずっと、忘れることはありません。

原発の事故で、未だ何一つ手つかずの地域もあるように見受けられます。
チェルノブイリのように、恐らく、復興の手が入るようになるのはもっとずっと先になるのでしょう。
そのときから、改めての復興が成るまで、それが終わるまで、東日本大震災は、終わらないのだろうと、思っております。

日本人として、東日本に住む人間として、それまでずっと、忘れずに、生きていこうと思います。


強く、優しく。
いざというときに、誰かの支えになれるような、人間になりたいと願っています。

がんばってください、なんて言いません。
応援する観客のような立場からものを言うような事態ではないと思うのです。

これからも、がんばりましょう。

何かしらの支えになれるように、頼りにしていただけるように、励みにさせていただけるように、私も頑張りたいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。
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